福智町の田んぼから、カンヌのテーブルへ。
先月、5/15~5/17の期間でカンヌ国際映画祭の公式パーティに天郷を持参してきました。カンヌがどんな場所なのか、うちのお酒にどんな反応があったのか、AIと文化の話まで——現地で感じたことを全部まとめて書いていこうと思います。
一言で言えば、"文化"を体現していたからだと思っている。
CANNES GALAが選ぶのは、品質やスペックだけではない。そこに至るまでのプロセスと思想——人間の営みとしての「文化」かどうか。AIによってあらゆる表現が効率化されていく今、カンヌが問い続けているのは「人間にしか残せないものは何か」ということだ。
2026年のカンヌ国際映画祭において、日本は「Country of Honour(名誉国)」に選出された年だった。日本の文化と創造性が世界から評価された、その文脈の中での選定だった。
天郷が体現していたのはこういうことだと思っている。水の確保さえ不確かな何もない土地で0から酒蔵を立ち上げたこと。無農薬・無肥料・合鴨農法という、効率とは真逆の自然との共生。地元・福智町の農家、行政、地域の人々との関係の中で成立する酒造り。そして「在るものに気づく時間」をコンセプトに、過度な主張を排した引き算の美学。
これが、選ばれた理由のすべてだったと思う。
カンヌ国際映画祭から帰ってきて、最初に思ったことは「やってることは間違ってなかった」という、ただそれだけだった。
パリから南フランスへ 夜中にパリに入って、TGVでカンヌへ向かったのは翌朝のことだ。パリから南フランスまで約6時間。車窓を流れる景色は、パリを離れるにつれてどんどん田舎になっていく。牛と畑しか見えない平野を過ぎ、途中でトゥーロン(Toulon)という港町に差しかかった。ナポレオンがイギリス軍を撃破した「トゥーロンの戦い」の舞台だ。そんな歴史に思いを馳せながら電車に揺られていると、今度は一気に景色が変わる。地中海が広がる。もうずっと海しか見えない。
ようやくカンヌに近づいたとき、すでに夜の10時を過ぎていた。それでも、街中にはとんでもない数の人がいた。映画祭の期間中、カンヌはずっとこんな感じらしい。世界中からやってくる。6月にはすぐ隣のモナコでF1グランプリも控えていて、この一帯はその時期ずっと世界中の人で溢れている。 タクシーで向かったら道路封鎖に引っかかって、500mはダッシュした。
世界最高峰の映画祭って、こうなんだな、と思った。 カンヌとはどういう場所か 港には豪華客船が何艘も停泊している。海沿いには外国の芸能人、日本の芸能人が普通に歩いている。でも、気がついたことがある。アジア人がほとんどいない。基本はヨーロッパとアメリカ。それが、カンヌという場所だった。
カンヌ国際映画祭とは。
滞在中に、現地の映画監督と話す機会があった。そこで初めて、カンヌとハリウッドの本質的な違いを教えてもらった。 アカデミー賞は、ハリウッドの話だ。すでに人気のある映画やスターを、さらに大きく押し上げる舞台。商業的に成功したものをもっと輝かせる場所。でもカンヌは違う。 「まだ誰も知らないけれど、本物の才能がある人に光を当てる場所」 カンヌで受賞している作品は、地味なものが多い。誰が見るんだろうと思うくらい暗いトーンのものもある。でもそこには人間の本質がある。
——失敗、不器用さ、間違い。そういうものに人間は共感する。磨き上げられた完成品よりも、荒削りだけれど本物の光があるものを。カンヌはそれを選ぶ場所だった。 だから、そこに持ち込むものも同じでなければならない。すでに有名になりきったものを出しても波長が合わない。ストーリーがあって、ブランドヒストリーがあって、「本物」がある——
それが来ている人たちに刺さるのだと、この期間で深く理解した。
3日間のこと
今回、カンヌに滞在したのは3日間だった。 1日目は、ある日本の芸能人の方が長年かけて作り上げてきた「JAPANTONIGHT」。1500人規模のイベントで、来ている人の7割は日本人だ。地元・武田亮太先生のご縁をいただいて、VIPルームに天郷を置かせてもらうことができた。商業的なイベントではあるけれど、こういうご縁のつながりが、すべての始まりだった。
2日目は、ガラ前夜祭(Eve Ball)。日本の公式運営チームが映画祭の本部と粘り強く交渉し、今回初めて実現させたイベントだった。白と金だけの、ルーブル美術館を思わせるような豪華な会場。これを日本チームが貸し切った——白人社会のカンヌで、これは本来あり得ないことだ。それを実現させたスタッフの執念は、本物だったと思う。ブース形式の社交パーティーで、数百人のゲストに天郷を振る舞った。 そして3日目、本番のCannes GALA。着席形式の公式パーティー。テーブルの上に、天郷のボトルが並べられた。港に停まった豪華客船を背景に、日本画家 立木美江さんの日本画をあしらったあのパッケージが、テーブルの中心に置かれていた。
ヨーロッパの人たちの反応 驚いたのは、ヨーロッパの方々の反応だった。 ウイスキーとビールしか知らなかった人が、天郷を口にして「めちゃくちゃ美味しい」と言う。日本酒についての前提知識なんて何もない。ただ直感で飲んで、美味しいと感じてくれる。 でも何より刺さったのは、「無農薬・無肥料・オーガニック」という言葉だった。フランスやイタリアはオーガニックが日常にある文化だ。それがどれだけ手間がかかるか、どれだけ難しいことか、彼らは身体で知っている。だから、それを選んでいるということの重みを、すぐに理解してくれる。 ワイン文化で育った人たちは、最初にこう聞いてくる。「お米はどこで作っていますか?」「テロワールは?」 地元・福智町の農家・立花智幸さんと一緒に育てた山田錦だと伝えると、目が変わる。 さらに「うちの酒を一滴でも飲む人が増えれば、地球に優しいことが増える」という話をすると、その場の空気が変わった。産地にこだわり、土壌を守り、地域の農業と向き合う。
——ワイン文化の人たちにとって、それは当たり前のことだ。でも、そこまで考えている日本酒のつくり手には会ったことがない。そう言ってくれる人が、100人中100人だった。 「エシカル(倫理的)」という言葉が、あの場ではよく聞こえた。 評価されたもの Cannes GALAの会場で、天郷のパッケージを見た方々からこんな言葉をもらった。 「これはアートだ」「素晴らしい」——そして、「神道っぽい」。 キリスト教は光と豪華さで、上へ上へと向かう建築を作る。イスラム教は、風が全体を通り抜けるように設計する。では神道は何か。余白だ。何もない中に、豊かさがある。そのことを、ヨーロッパの方々は深く理解していた。あのパッケージに、そういうものが宿っていると感じてくれた。 最も評価されたことが何かと聞かれたら、こう答える。 「儲けるためにやっていないことが、見えたこと」だと思う。
北海道の酒米を使えばコストは半分になる。精米歩合を上げれば、見栄えのいいスペックが並ぶ。でも欧米のソムリエたちはそれを見抜く。米を磨くことは、米の旨みを削り、テロワールの個性を消すことでもある。それを彼らは知っている。 私たちが地元の農家と一緒に米を作るのは、農家が潤うためだ。従業員の生活を守るためだ。地域がブランドになることで、そこに関わる人たち全員の価値が上がるためだ。「そこまでやっている日本酒に出会ったことがない」と、多くの方が言ってくれた。
あの場にいる人たちは映画監督、小説家、アーティストたちだ。「売るためにやっている」という気配が少しでも見えた瞬間、もうアウトだ。それくらい鋭敏な人たちが集まる場所だった。
AIの時代に、カンヌが問うていること
今回のカンヌ映画祭のテーマは「対AI」だった。 AIは最速・最短・最効率で動く。
過去の膨大なデータから最適解を導き出す。ハリウッドのような商業映画は、そのうちAIに取って代わられるかもしれない——そういう危機感が、映画人たちの間にはある。 でもカンヌが問い続けているのは、そこじゃない。 人間として何が残るのか。失敗とか、不器用さとか、間違いとか——そこにこそ、人間が共感するものがある。1900年代初頭のフランス映画を見て今でも感動するのは、そこに人間がいるからだ。
文化は時代を超える。
AIには、まだそれができない。 田んぼで合鴨が泳ぎ、農薬を使わずに育てたお米から、杜氏が思い描く味を醪に込める。機械では出せない手間と時間と失敗が、このお酒には宿っている。その話が、カンヌという場所にいた人たちの心に届いた。 福岡の田舎の酒蔵が、世界最高峰の映画祭と同じ問いを立てていた、ということだと思っている。
帰ってきて思ったこと
日本に戻って、電車に乗った。 みんな、目が死んでいる——そう感じた。 カンヌで見てきた人たちは、別に豊かではないかもしれない。TGVの1等席はグリーン車より狭かった。でも、乗っている人たちは優雅だった。ビーチでも、レストランでも、みんな今を楽しんでいた。目が輝いていた。
精神的な豊かさって、こういうことかと思った。 帰国してから、百貨店や高級ホテル、企業のコミュニティに天郷を届けることの重要性をより強く感じている。農家を守り、従業員を守り、地域ごと次のステージへ——そのためには、価値を正しく理解してくれる場所に、正しく届けなければならない。 カンヌに行って、それが確信に変わった。 好きなことをやって、仲間を増やしていく。うちの酒蔵もそうだし、この考えに共鳴してくれる人が増えていけば、それでいい。 福智町の田んぼから始まって、カンヌのテーブルに届いた一本。
やってることは、間違ってなかった。
